形而上学入門


「なんで自分は存在しているのだろうか」
「その存在していると思っている自分はいったいなんなのか」

・・といった、根本的な問いを追求することを、形而上学と呼ぶ。
哲学の1ジャンルとされている。

わたしが大学生のころ、うだつが上がらなくて人生の目的が全くわからなかったころ、友だちが紹介してくれた哲学者が、池田晶子さんというかたであった。
形而上学的な視点から現代社会の諸問題をバッサバッサと切り取っていく論理展開が非常に魅力的で、当時は出版されてた書籍はすべて読んでいた。
うだつが上がらない自分をなんとかしてくれるのかもしれないと思って、すがっていた。

しかし、どんなに読んでも、どんなに考えても、池田晶子さんのレベルにはわたしは達することができなかった。
どうしても俗世間のあれこれをひきずって言い訳を用意してしまう。
形而上のセンスがある人のレベルを「0」、形而下に疑いなく依存しているレベルを「10」と定義するならば、わたしがたどり着くのはせいぜい「2」が限界であると実感した。

今までの人生で出会ったひとで、「0」に達していると感じたかたは、ひとりだけである。
あしたからそのひとに会いに行ってきます。


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