私はいちおう三人兄弟の長男なのだが、お父さんから「小野家を継いでくれ」とか「わたしの果たせなかった夢を叶えてくれ」みたいな期待は一切かけられなかったと思う。
ノープレッシャーであった。
小学校2年生のときに二宮金次郎の伝記を買ってきてくれたがそれをまったく読まなかったのでその時点であきらめたのかもしれない。
お父さんのお父さんは3歳くらいのときに戦争で亡くなっているので、父親というのはどう振舞えばよいのかわからないで手探り状態だったのだと思う。
それでも、素朴にわたしたち兄弟に接してくれていた。
「やっちゃん、ネオカチャって知ってるかい?ネオカチャ」
と言って、幼いわたしに問いかけてくるときは、とても楽しそうであった。
当時のわたしは言語にはすべて意味があると思っていたので、ネオカチャの意味することがなんなのか、とても気になっていた。
たぶん、『ねえ、おかあちゃん』を勝手に名詞化して語呂の響きを面白がっていただけなような気がするが、ひょっとしたら重大な意味が隠されているかもしれない。
ネオカチャ。
この世の中で、わたしとわたしのお父さんだけしか気にしていない、まぼろしの言葉である。
